夜の事件 - 星新一
そのロボットは、よくできていた。若い女の人の形をしたロボットで、外見からは本当の人間と見わけがつかないほど だ。楽しそうな表情をしている。だが、頭のほうはあまりよくなく、いくつかの簡単な言葉がしゃべれるだけ。しかし、それでいいのだった。町はずれにある遊 園地の、門のそばに立っているのが役目なのだから。
昼間は、とてもにぎやかだ。音楽も流れているし、いろいろな人が声をかけてくれる。そして、ロボットもいそがしい。
しかし、いまは静かな夜。人通りもなくなり、ロボットはだまったままだった。
その時、とつぜん物かげから見なれたい連中があらわれ、ロボットを取りかこんだ。むらさき色をした顔で、大きな赤い目をしている。あまり感じのいい姿ではなかった。腰には、武器らしいものをつけている。
「手むかいしても、むだだぞ。われわれは、キル星からやってきた」
と、ひとりが言うと、ロボットはやさしい声を出した。
「遠いところから、ようこそ……」
「いやに落着いているな。われわれは、地球をていさつに来たのだ。まず円盤状の宇宙船を上空でとめ、そこから望遠鏡で観察した。また、ラジオやテレビの電 波を受信して、言葉をいくらか覚えた。だが、完全な報告書を作るには、地球人をさらにくわしく調べなくてはならない。そのために着陸したのだ。いずれは、 この星を占領することになるだろう」
「はい。あなたがたを心から歓迎いたしますわ」
「これはふしぎだ。あまり驚かないようだ。ねぼけてでもいるのだろうか。それとも、われわれを甘く見ているのだろうか。少しおどかしてみよう」
キル星人たちは油断なく身がまえ、ムチのような長い棒を振りまわした。それが当たったが、ロボットは笑い顔で明るく答えた。
「ありがとうございます」
「どういうわけだろう。なにも感じないらしい。お礼など言っている。ほかの方法でやってみよう。われわれは、地球人の弱点を発見しなければならないのだ」
しかし、強い光線を当てても、いやなにおいのガスを吹きつけても同じことだった。
「ありがとうございます」
とロボットはくりかえし、時どき軽く頭をさげる。キル星人たちは、顔をみあわせて相談した。
「だめだ。どんな武器を使っても、ききめがないようだな」
「ああ、地球人というものは、こわさや痛さを知らないのかもしれない。めったにない強敵だ。うすきみが悪くなってきたぞ」
「いや、地球人は戦うことを知らない、平和な種族なのだろう。こんあにいじめても、さっきから少しも反抗しない。こんないい人たちの住む星を占領しようとしているわれわれが、はずかしくなってきた」
「いずれにせよ、このまま引きあげたほうがよさそうだ」
その意見にはみな賛成だった。歩きはじめたキル星人たちに、ロボットはお別れのあいさつをした。
「もうお帰りになるの。また、いらしゃってね」
キル星人たちは林のなかにかくしておいた宇宙船に乗り、飛び立っていた。それは高速度で音もなく遠ざかった。空をながめていた人があったとしても、流れ星としか思わなかったにちがいない。
やがて朝がきて、遊園地には人びとがやってくる。笑い声や叫び声が聞こえはじめる。ロボットはなにごともなかったかのように、お客から声をかけられるたび、簡単なあいさつをくりかえすのだった。
「ようこそ……。心から歓迎いたしますわ……。ありがとうございます……。またいらしゃってね……」
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